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2009年1月の4件の記事

ある講演を聴いて

昨日は人権をテーマにした授業参観でした。その後、保護者向けに講演会がありました。

講演された佐藤先生は同じ市内にお住まいで、筋ジストロフィーを発症された息子さんが旅立つまでの17年間、お子さんに寄り添われ続けたお父様でした。その息子さんは私と同じうまれ年ですから、先生はちょうど私の父くらいの世代でしょうか。

本でもテレビでも、いろんな難しい病気と闘っておられる方々のお話を見聞きすることはありましたが、希望にあふれているはずの子どもの人生に困難が待ちうけ、しかもその命に限りがあるとはなんと残酷な事か、すぐご近所に住んでいる誰かのお父さんような先生の口から語られると、何かこれまでになくとても身近なことに感じられました。

ご両親は息子さんにこの家にうまれてよかったと思ってもらえるよう、つきそいなど最大限の努力されて日常を支えられました。息子さんは小中と公立の普通校へ休むことなく通われ、友達もたくさんでき、学校生活を心から楽しんでおられたとか。淡々と語られておられましたが、その裏にあったであろうご両親の努力が如何ほどだったかと推し量られ、頭が下がる思いでした。

何よりも、その息子さんが小学生にしてだんだんと体の自由を奪われていく現実を一人小さい胸にうけとめながら、愚痴をこぼすでなく、親を問い詰めることもなく、穏やかに最後まで明るく前向きに学校生活を楽しまれていたーという姿に、とても胸を打たれました。私の顔は涙と鼻水でもうぐしゃぐしゃでした。

病の進行は思ったよりも早く、最後に残るはずの手首の筋力もとうとう失われ、最後の瞬間がせまったと静かに悟られたときはまだ高校二年生でした。そして心臓をしぼられるような苦しみの合間に、集まった家族、お世話になった友達、先生、手を貸してくれたたくさんの人達一人一人に自分を助けてくれてうれしかった気持ちとありがとうの感謝の言葉を伝えられ、旅立たれたそうです。

果たしてどれだけの人にそんな最期を迎えることができるものでしょうか?彼は17歳にして40歳近い私をはるかに越えた大人になり、その心の中は人間として一番大事な感謝の気持ちで満たされていたということに、驚かされ、かつ人の生き様や在り方を痛烈に考えさせられました。

講演の帰りに、お母様が出されたという本を買って帰りました。
家に帰って読んでみると、さらにいろいろなエピソードやご家族のお気持ちが綴られていました。中に息子さんが中一のときに書かれた詩がありました。

もしも・・・もしも・・・
今 僕が立つことできるなら
いつもおんぶの母さんと
肩でせいくらべ してみたい
もう 僕が少し高いだろう
ぼくのほうが大きいだろう

もしも・・・もしも・・・
今 ぼくが歩くことできるなら
ザックザックと 砂浜を
風に吹かれて 歩きたい
ほら 僕の足跡つづくだろう
どこまでも つづくだろう

もしも・・・もしも・・・
今 ぼくが走ることできるなら
汗にまみれて 友達と
力いっぱい走りたい
きっと白いテープ 切るだろう
一等賞に なるだろう

もしも 今 ぼくが立つことできるなら
もしも 今 ぼくが歩くことできるなら
もしも 今 ぼくが走ることできるなら

(引用図書:「ひまわりが咲いたよ」佐藤順子著)

心の中からほとばしりでるような息子さんの気持ちがとてもとても胸に迫ってきて、どうしようもなかったです。

私はおととい息子と背比べしました。昨日は野球の練習で、息子が楽しそうにボールを追っている姿を見ました。夏には浜辺で裸足になって友達と走り回り、笑い合いました。運動会では一等賞をもらっていました・・・・・

当たり前の日常にたくさんの幸せが詰まっている事を思い出し、人の子の親として切ない気持ちが心にあふれて、いたたまれなくなりました。

過酷な困難をあたえられてもなお、子どもの願いは本当に純粋で、大人がもう見ることができない小さな夢に胸をふるわせているのだな。そしてまた、子どもはその純粋さゆえにいろんなものを一人で抱え、心を悩ませながら生きていくのだな。

改めて子どもに寄り添い、その思いを阻むことなく育てていく大切さを感じました。


この息子さんは素直で明るく前向きな方だったそうです。それは天性の部分でもあったでしょうが、困難とともに生きていく中で身につけた強さゆえだったのかもしれません。

みんながみんな同じような明るさや強さを持って大勢から認められるような生き方ができるわけではないでしょうが、少なくとも一人一人与えられた自分の命を大事にし、自分なりに想像力を働かせて人を思いやって生きることはできる気がします。

同じ体験をできずとも、目の前で話して伝えてもらうことって人の心を揺さぶるものなんですね。佐藤さんご家族の生き方から、いろいろとメッセージを頂いた気がします。人に優しい社会であること、子どもを大きな目で支え見守ること・・・私にとっては深く考えさせられる一日となりました。

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負うた子に・・・

今日は地区の子ども会の役員決めの会合がある日。
なのに~うっかり忘れていて・・・はたと気がついたら20分もすぎていて・・・青くなって冷や汗をかきながらsweat01走って行きましたrun

「メリーベルさん、忘れてたの~?smile」何とか温かく迎え入れてもらえました。

地区会長を決める重要なくじびきは既に終わっていて、私の分は替わりの人が引いてくれていました。地区会長は当たりませんでしたが、副地区長というお役を頂いて無事帰ってきました~ああ、会合自体が終わってなくてホントよかったよ。

家に戻ると、子ども達が間に合ったかどうかと心配してくれてました。

母  「みんなにごめんなさいって謝って大丈夫だった。会長には△さんのママがなってお母さんはあたらなくてよかったnote。それで副会長をすることになったんよ」

次男 「え~お母さん、当たらなくてよかった~noteとかって喜んだらいけんのよ~」

母  「あ、そうだね~ほんと。ごめん。その役をやってくれる人がいるんだもんね~」

長男 「その会長ってどんなことする役なん?」

母 「ほら、お祭りとか地区の運動会とか行事をいろいろとりまとめてお世話する役よ」

長男 「あ~リーダーみたいなのか。それは面倒や~俺わかるわ~。俺もめっちゃめんどくさくて嫌やもん。」

母  「そうそう、やったら出来るんだろうけど、やっぱり大変だな、面倒だなってみんな思うんだよね~。」

長男 「お母さんってさ、もし当たってたら、ほら○○の母さん(お友達ママ)とかとひゃ~どうしよ~当たったわ~ひゃ~happy02とか言うんだろ?俺大体お母さん達の言う事わかるしsmile

母  「あ~そんなに言うかな~?嫌やわあ、もォう~」

長男 「へへへっ。(会長になった)△さんのママもそう言ってた?」

母  「いいや~△さんのママは落ち着いてたな~。」

長男 「そうか~。すごいな~。お母さんも頑張って手伝ってあげんといかんね。」

母 「そうなんよ~できることはしてあげようと思うわ。」

長男 「それがええよ。頑張ってな。」

うーん、何だか私が子どもみたいですbleah。負うた子に教えられ~って感じですね。

息子達はそれぞれ、学校でいろんな係りや委員をして、自分が嫌だと思う役でもやる経験をしているのでしょうね。そして嫌だと思う役を引き受ける人がいることもわかっているようです。

大人なのに(大人だから?)どんな役決めでも毎回重い雰囲気で、誰かやってくれないかな~状態になります。なかなか自分からやりますと手をあげられないーそういうきれいとは言いがたい現実も子ども達はよく知ってるようです。

自分のできることをできる範囲で頑張る・・・面倒、面倒といいながらも子どもの社会で息子達も頑張っているのかなと思いいたり、またこちらの気持ちもわかった上で頑張れと言ってくれたことにちょっと感激したりして・・・・。

かわいい子ども達のために快く頑張ってみようという気持ちにさせてもらえました。

にしても・・・親の事よくみてるなあ。あれこれ言うことより、親の態度が一番子どものためになり、また逆もありってことか。

やっぱり自分に恥じないよう、真っ直ぐに生きることが大事だな。

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友達がうざい

「Aがうざいんよな~」

「ん?」

「なんかさ、キックベースで楽勝なボール逃がしてちゃんと受けろってみんなに言われたら、だって『手が寒かったし~そんなん俺ばっかりに言わんとってくれる?!』ってキレてやめるやろ~。

授業で都会か島に住むのどちらがいいかっていう話になって、横のAが聞いてくるから『俺は○市(現住所)がいいんよ』って言ったら、『それおかしいやん。都会か島かって聞かれ

てるのに何言いよん、はあ?ちゃんと答えてくれる?』って怒り出してさ。『わかってるけど、別にいいやんか』って言ったら、『ちゃんと答えろや!』ってさらにキレ出すし。なんかそれってそんなに怒る事?みたいな感じ。」

「そうなんや~。」

「しゃべるのにちょっと気をつかうんよ。なんかうっかり言ったらキレられて雰囲気が悪くなるから。俺とか他の人ならそんな気にしないような事を気にするから、よくわからんのよ」

友達同士のこと、高学年にもなってくると男の子でもいろいろとあるようです。

A君とは息子が引っ越してきた当初から友達だったのですが、最近、A君とは犬猿の仲らしいB君達とよくつきあうようになってきて・・・それから家でも少しA君の愚痴が増えたような。

「そうか~いろいろあるんだね。自分の言った事で相手がどう思うかわからんってことはあるね。」

「まあ、俺も確かにいらんこと言ってしまうときもあるから、俺が悪い時もあるけど。それに昔は俺もBに言われたことが嫌で気にしたりしてけど。でも自分でこうすれば言われなくなるって方法をあみ出して、受け流すようにしたんよ。Aも流せばいいと思うんよな。いちいちキレとったら、つきあいにくい。」

「そうか~流せばいいって考えたんや~。A君にはA君の考えがあるんだろうね。お母さんもA君知ってるけど、いいところもあるように思うから、またうまくつきあえるようになったらいいね。」

「うん、そうなってほしいけどな。今はちょっとムリ。」

誰かをうざいと感じる事は前向きな感情ではないけれど、人間誰しもそう思うこともあるだろうと話だけは聞いています。ただ、大勢で同調して行き過ぎることがなければいいなと少し心配しています。もちろん親は見守るのみですが。

当の息子もその昔はB君達に悪口をいわれた、手を出されたと泣いたり、凹んだりしていました。もしかすると「気にしなくてもいいこと」を気にしていたのは息子の方が多かったくらいかもしれません。

「気にしたくなくてもどうしても気になってしまう」気持ちは本人が一番わかっていると思うので、そういう人もいるなと大きな度量をもっていてくれるといいと思います。

それは大人の私も同じ。なかなか深い話だな~。

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2009年 始動です

ご無沙汰しております。当面のばたばたに気をとられて過ごしていたら、年明けちゃいました。っていうか、明けまくっちゃいましたね~。すみません。

いざ、パソコンを前にして。。。夏休みの宿題を八月末まで溜めてしまい、恐くなって余計ふたをしたくなる~そういう感覚久々に思い出したりして。。。。

そうそう、昔からそういう性格だったのですね、私って・・・情けないってばよ!(NARUTO風に喝いれてやってください。)

先日は先生からもお電話頂いてしまいました。(ありがとうございました!)先生ご自身は「メリーベルさんはまあこんなもんだろう」って思ってくださっていたようですが、みなさんにご心配をおかけしていたようで・・・その点については本当に申し訳ありませんでした。

日常も落ち着きましたので、またぼちぼちとやっていきます。

みなさんのところにも久々にお邪魔して、みなさんそれぞれに変わらずに頑張っておられること、感心するばかりです。またコメントしに行きますので、よろしくお願いします。

さてこの一、二ヶ月はあまり子どものことは眼中になくすごしておりましたので、さして自分の会話などを振り返る事もなく、どちらかというと、子どもとたわいない会話をすることで私のほうが癒され、元気をもらうだけだったような気がします。

冬休みは子ども達は気ままに楽しく満喫していたようです。年が明けてからは二日間だけ私の実家に帰省もできました。

今年はひとつ驚いた事が・・・

数時間の車での道中、あのじっと我慢することが超~!苦手な息子が、文句の一つも言わず静かに過ごしていたことです。

何度も通ったことのある道なので珍しくもないのですが、家族四人で「普通に」楽しいドライブができました。兄弟げんかはしてましたけどね。私の荷物持ってくれたり、SAで写真撮ってくれたり、景色見ながら話したり・・・。

それって別に当たり前のことなんですけど、普通に落ち着いてドライブっていうのがなかなかできない子でしたから・・・ちょっと驚きました。

もしかして私が「子どもが眼中になかったこと」のが効を奏したのかしら??

それでも、今年は珍しく宿題を先に片付けたようなことを言ってましたが、やはり最後に一つお楽しみを残していたようで、始業式前日夜になって何やらごそごそしてました。

こういうところはもう一生こうなんだろうと思うこのごろです。

まあ学校に関しては特に問題なくスタートしたようですから、一安心です。

そういうわけで、元気にやっています。遅ればせながらですが、私も2009年スタートします。どうかみなさん今年もよろしくお願いします。

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