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荒れていた頃2

エンカレッジにはこの記事の日の数日前に初めての電話をしていました。そのときに正式なカウンセリングをうけるために資料を送っていただくことと、会話ノートを書いて添削してもらうことと電話相談をうけることを決めました。

五月半ばのある日
午前中
相変わらずオスカーの希望をわざわざ聞きとってやって、ムシキングを6回し、さらに不満げにするのをなだめるように2回追加を許す。

この後、ムシキングがエスカレートしてどうしようもないので、早速初めての電話相談をしました。ムシキングはオスカーのわがままでしかないので行かなくていい(行ってはいけない)ことと、たとえ暴れても悲しそうな顔をして黙っていることを教えて頂きました

以下の会話の赤字や青時は後日ノートを添削した先生からのご指摘。ただし指摘のない会話も全て良いわけではないと思います。この頃は問題が多すぎて全てをこちらが理解しきれない状態でもありました。

19時頃

オ「暑いなあ!」
母「暑いの」
オ「暑い!なんか冷たいものないかー!」
母「・・・・」(窓を開ける)
オ「聞いてんのか!」
母「聞こえてるよ」
オ「氷みたいなもの。冷てえもの!。かきごおりとか!!」
母「今はご飯の準備してるし。氷はデザートにしよう。今はできないわ。」
オ「えーああもう!!」
オ「えーああああああああ(奇声)」
(急に起き上がってドスドスとなりの部屋に行き、ドア代わりのふすまを殴り、壁をけり暴れ始める
オ「お母さん!!!お父さん!!!!」
(泣き喚きながら、激しくふすまのドアをけり、とうとう蹴破る

19時15分
(この後私をよびつけましたが、私がすぐに行きませんでした。)
オ「どうして来ないのか!!呼んでんのが聞こえないのか!!(泣)」
母「今、聞こえたから来たよ」
オ「なんでもっと前に来ないのか!」
母「来て欲しいと言われなかったから」→「・・・・」
オ「言った!言った!もっと前に言った!」
母「料理してたから聞こえなかったわ」→「・・・・」離れる
オ「もーう、なんでかー!!!!」
(また大暴れ。ふすまのドアがまた蹴破られる
母「・・・・・」
オ「お母さあん!!」(足ばたばた、頭を振って怒る!)
母「・・・・・」
(だんだんおさまり、ひざの上に頭をのせて甘えている。この間30分程度)
母「お母さん、今からご飯食べたりしたいの。行くよ」
オ「俺は、好きなおかずが合ったら食って、その後カキ氷食う」

母「(壊れかけたふすまを)これ直さないといけないな」
オ「う~ん俺は最低や!(怒)」
母「最低なの?」
オ「・・・最低なんだ!!」(椅子をバンバン叩く)
母「これ(ふすま)後で直すわね」
オ「えーそのままにしろ!!はずせ!!」
母「お母さんはふすまをつけときたいの」→弱い。「お母さんが決める。」
  
ここはお母さんの家よ。→OK。子どもが渋々でも承知することにつながった。
  もうこの話は後にしよう。」
「(渋々承知する)・・・・」

20時頃 ご機嫌で夕食。

夕食後もふすまつけるつけないでふてくされてみたり(ふすまはつけ直しました)・・・
就寝時間がきても眠たくないからとリビングに行ったり(許して母ついておきる)・・・
何か食べたいとごねはじめたり(これにはつきあわなかったので最後はおさまった)。。。

22時半
ようやく就寝

電話相談後の夕方からは、黙って悲しそうにすることを少し取り入れるようにしています。この頃は暴れだすとお父さんでもとめられないところまで来ていました。まだまだ余計な言葉が多いし、書いてないですがふすまを直す段には「直すね~」などと子どもの機嫌を伺うような親が弱いところもありました。

この一時間ほどの出来事でへとへとになったことを覚えています。キレて怒ってが収まるのを待つ間もとても長く感じました。でもこんな状況でも私の気持ちとしては、何を言っていいかわからない中でなだめてみたり、言い訳じみた返事をしたりするよりも、今日はずっとうまくいったような気がして、少し希望の光がみえた日でもありました。

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コメント

あ~、添削の内容までおんなじですね~。
私も子どものわがままに応じない事にいちいち言い訳を言っているところを指摘されていました。
それにしても、暴れ方はさすが男の子、激しいですね。
蹴破られたふすまをなおす時の気持ち、悲しかったことでしょうね。

投稿: ふらわぁ | 2009年3月24日 (火) 01時31分

うわお すごいねえ 大変な時期乗り越えてこられたのがよく伝わってきます

何か対応違うなあ と感じてても何をどう変えればいいのか分からない時期って皆さんありますよね。
指導をきちんと受けて、教えていただいた対応の実践、そして実感。あの時期あってこその今ですよね

投稿: 藤本 | 2009年3月24日 (火) 04時49分

ふらわぁさん
そうそう、言い訳なんです。とにかく私は子どもにもだけど、何でも言い訳が多かったと思います。
暴れっぷりは今でもありあり思い出します。やっぱり暴力自体はかよわい(?)母親には辛いものがありましたが、表面上の荒れに対してというよりも、中味のひどさが心につきささりました。それはふらわぁさんと同じだったのだと思います。

>蹴破られたふすまをなおす時の気持ち、悲しかったことでしょうね。

この一言にちょっと涙が出そうになりました。ふらわぁさんって相手の気持ちを汲むのがほんとにお上手です。

投稿: メリーベル | 2009年3月24日 (火) 10時52分

藤本先生

>うわお すごいねえ 

エンカレッジでは私の過干渉ぶりと息子のわがまま度合いは今でも一、二を争うほどだそうです。

>指導をきちんと受けて、教えていただいた対応の実践、そして実感。

その過程があったので、先生のびっくりな大変な状況から浮上できたのだと思います。やみくもに対応するのではなく、毎日小さいながらもどこかしらで成功があってそれが積み重なっていったので今があると。ご指導の確かさに今更ながら、感服します。

投稿: メリーベル | 2009年3月24日 (火) 10時59分

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