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2010年8月の6件の記事

三年生の送別会

夏休みもいよいよあと2日。早いものです

夏休みの最後を飾る行事として・・・先日、オスカーの部活の三年生の送別会がありました。保護者の親睦も兼ねての会だったので、私も参加してしてきました。

学年にわかれて丸テーブルを囲み、和やかに楽しく食事が進んだんですけど、男子ばっかりってどうしてこう落ち着かないのかなー。しばらく食べておなかが満たされたら、後はうろうろ席をたって三年生のテーブルの方へわらわらと群がりがちに。みんな三年生が好きで、仲良しだったから、気持ちはわかりますがー。

その他、中華料理の円卓を勢いよくまわしすぎて皿を飛ばして割ってみたり、となりの会場(同じ中学のバスケ部がいた)へ乱入してみたり。同じ中学の野球とバスケで貸しきりだったので、ある程度はお店の人も快く許して頂いてたみたいです。

子供は子供、親は親で勝手にしゃべって2時間ほどの食事のあと、最後は三年生が一人ずつ挨拶。みんなに支えてもらって最後までがんばれたとか、高校へ行っても続けるとか・・・中学三年生にもなると、みんな各々自分の気持ちをまとめて、上手に話せるようになるんですね。

トリをとったキャプテンの子は、重責もあったのでしょう、最初から涙を浮かべていて、これまで頑張ってこられて成長できたことやみんなに支えてもらったことへの感謝などを話していました。とてもしっかりした大人のようなコメントで感心してしまいました。
さらに保護者会の会長をしていたお母さんに対して、「いろいろ手助けしてもらって大変だったと思うけど、本当に有難うございました」と頭を下げていたところでは思わず、もらい泣き・・・。

で、ちらとオスカーの方を見ると・・・腕で目のあたりをぐいぐいとぬぐっていました。やっぱりね。オスカーは特にこのキャプテンの先輩が大好きだったようなので。

以前、みんなに好きな子がいるやら、いないやら・・・という話をしたときに「人の事ばっかりってオスカーはどうなんよ?」って聞いたら「俺は先輩が好きやから!!」って力強く断言されたことがありました。(単にまっすぐ過ぎな発言なんだけど、一瞬そっち系かと?

また、新チームではオスカーはセンターからキャッチャーに転向。それからは同じキャッチャーの先輩とも話す機会が増えたらしく、この日も「おいオスカー、お前次、頼むぞ」って声をかけてくれました。

とにかくオスカーは最初から最後まで「そうっスねー」「そうっスねー」と先輩達にまとわりついて、終始楽しそうにしてました。そういうときの顔は家で私にみせる顔とはまた違うから不思議ですね。うちの子じゃないみたいなよそゆきの顔っていうのかな。

結局、二次会のカラオケにまで連れて行ってもらっていました。(先生から親同伴でと言われたので、私も子供達の隣の部屋で、三年生の保護者にはさまれて小さくなりつつ、歌いました。)

オスカーはかわいがってもらってたんだなーと感じ、見ていて嬉しく思いました。

これからは、二年生の新キャプテンをもりたてて、自分達ががんばらないといけません。来年以降、この三年生のように明るく、面倒見がよい、そしてできれば、本業の野球が上手な先輩になれるよう、がんばっていってほしいと思いました。

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夏のキャンプ~カヌー体験~

毎年、夏に一度だけですが、家族でキャンプにでかけます。うちではそれが唯一の家族旅行です。主人の意向もあり、こっちに来てからはいつも同じ近場でだったのですが、今年は私が奮起して主人を乗せて口説き落とし?、計画を練り、お盆休みに二泊三日で高知の四万十川へ行って来ました。P10103801

せっかく四国にいるんだから一回は見ておきたいという私の願望が叶いました。四万十川にはダムがなく、手付かずの自然が残り、最後の清流と言われています。

川幅も広く、山々の間を悠々と流れる姿はやはり圧巻でした。行ったのは結構上流の方でしたが、これが太平洋につながってるんだなーと考えるとすごい。家族ともども瀬戸内育ちなので。

一日目は川沿いの芝生広場にテントを張った後、川遊びなどしながらのんびりすごしました。川の水は冷たすぎず、ちょうといい温度。ただ、川の石はすべて苔で覆われていて、見た目以上によくすべりました
(写真左:左下がMyテント)  (写真右:オスカー、トーマ&主人)
     P10103761_4P10103831_5

                                       







2日目は四万十に来たならこれでしょというカヌー体験に繰り出しました。

いやー参りました

オスカーはの宿泊学習でカヤックを経験しているので、もう初心者講習は要らないくらいだし、主人は普通に運動神経があるので大丈夫、トーマは体験できる最小年齢だったのでちょっと心配だったけど・・・なんのことはない~めっちゃ楽しそう~

結局は一番ダメだったのが私なのでした。

まず、パドルが意外と重い。交互にまわすんだけど、えー力が要るじゃんかー。それにどっちに漕げばどっちに進む、方向変えるときはどうこうとコーチが説明してくれてるけど、うーんすぐには対応できそうもない・・・。

午前中は近場で練習ということで、上流に向かってこぎながら、パドルの扱いに慣れるということだったけど、湖のようにみえても実は流れがあるのでこれがなかなか重労働。もう腕がとれるかというような、だるだる状態で午前中を終えました。

午後からは8kmを下るというツーリング。家族だけでなく他のグループも一緒だし、不安は募る~募る~

オ 「説明とかパドルの持ち方とかしてるときはもういいしよ~と思ったけど、漕ぐ時間がまあまああったからよかったわ。でも昼から、ツーリングってめんどくさくね?俺はもういいしよー」

母 「えーそう言わないでさあ、一緒に行ってよ~お母さんはめっちゃ不安~」

オ 「でも一人乗りやから、一緒に行っても助けられんし

母 「冷たー。そう言わんと、ひっくり返ったら助けてよ~」

オ 「コーチが救出してくれるって

完全に楽しんでるよ、しかも上から目線、こいつ~


昼ごはんを食べて再度集合したら、しごくあっさりとツーリングが始まりました。

まあ下るのでそんなに漕がなくていいのですが、いきなりちょっとした瀬(川幅が狭くなり、岩があって波立ち、流れが早くなっている)があり、コーチの指示は「流れにまっすぐ入って、向きを保ちながら、できればしっかり漕いでください。じゃあ行ってくださーい」って・・おいおい・・・わあーきゃー、既に横になってるんですけど~ひぇー・・・・

瀬をぬける間に私のカヌーは1回転してました

何とか転覆なしにすぎましたが、トーマは途中でひっくり返ってコーチに救助されてました。
オスカーは余裕綽々で横をとおりすぎ、パドルを器用に操って寄り道したり、好きなようにやってます。主人はどこにいるんだか~そんなところまで見る余裕はなかったということで・・・。Cane08

その後はしばらくゆるい流れがつづき、カヌーは一列になって悠々と下っていきます。前を見れば雄大な山と川の景色が広がり、水面に近い姿勢でいるせいか、になったような気分。川辺からみるのとは景色が全く違って見えるのが不思議でした。(写真右→は残念ながらパンフレットのもの。濡れるのでカメラは持っていけませんでした。)

下りながらもだんだん重くなる腕~左右のごくバランスが悪いと前に進まず、カヌーは回転してしまいます。左・右と蛇行しながら(そのせいで他の人の1.5倍は漕いでたと思う)、「あー誰か私のカヌーを引っ張って~腕がだるい~と泣きそうになっていたら

オ 「お母さん、何をくるくる廻ってるん。ほら前をみてごらん、この素晴らしい自然に感謝しないといけないよ。ほらーこの風も。自然最高~気持ちいいなあ~。」

母 「くー・・・・(悔しい)」

いかにもの、したり顔。今回ばかりはいわれっぱなしです・・・。

そして半分の4キロ地点で休憩。川で浮かんだりして遊んで、川の水の気持ちよさを満喫

そこからまた下っていき、いよいよ最後の瀬ではもう腕が効かず、二回転して岩に乗り上げ、45度まで傾き、もう少しで転覆~のピンチで、後ろから来た人が私の艇にぶつかってかろうじて体制を建て直すことができました。ほっとしていたら、後ろでその人がひっくり返ってました。ごめんなさい~

そして夕方ゴールに無事に到着。着いたところには沈下橋という四万十川独特の橋がかかっていて、地元の子どもがそこから飛び込んで遊んでいました。

カヌーを川岸にひきあげ、お迎えのバスで出発地点に帰ります。

普段運動不足の私にはちょっときつかったけど、主人も子供達も「楽しかったねー」と話が弾んでとってもいい顔。それをみて、もう大、大、大満足の私。家ではオスカーと主人はあまり気乗りしてないようだったので心配だったんですけど、思い切って計画してよかったよー

お天気にも恵まれた三日間
帰りに事故渋滞にまきこまれるというおまけつきだったけど、それも含めてとてもよい思い出になりました。

最後に・・・昔、ピーウィー・ハーマンがCMで歌ってたアメリカ童謡の替え歌、それをまた替え歌にするのがどうも学校で流行ってるらしい~

   「カ」で始まるイヤな事、イヤイヤよ~

     カヌーでくるくる廻る母、イヤイヤよ~

                        オスカー

渋滞の車内で事あるごとに合唱・・・悔しいけどこれ結構、上手いわね・・・。

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定期テストやら通信簿やら~一学期~

一学期の期末テスト・・・・家では一切テスト勉強らしい勉強をせずに受けてました。部活や住は必要なのか??という感じ。学校で最後の方の授業が復習の時間にあてられて、それで大丈夫とふんだようですが。

中学の最初の方からどうも英語が苦手なようで

「英語はもう捨てたから~」

これみよがしに何度も言うのは、ははーん、すでに防御体制を整えてる?できないのが心配?

「ふーん、そう~」

不安もあるのかも知れないですが、まずは自分でやってみること。軽ーく受け流しておきました。

・・・・って、テスト当日の朝も早々にジャンプを買いに行って読んでるってどうよ~これ~

で一週間後に返された成績はオスカーが自分で言った通りのものでした。

さらにその後、親のみの面談があり通信簿やら成績グラフやらを見ながらの先生からご指摘いろいろ・・・

各教科に五段階の数字の評定だけじゃなくて、横に細かい項目が4-5個あって、それぞれA~Dのアルファベットで評価がつくそうな。ちなみにその細かい項目が全部Aになる=5 ということだそうで、5ってすごいんだなーと思いました。
提出物とか、授業態度とか・・・五段階評価はテストの点だけじゃないってことね。

オスカーの場合はやっぱり自己申告ありの英語に問題あり。英語は一から地道にこつこつやらないといけないので、彼には難しいだろうと容易に想像できますが。
後は全体的に面倒くさい~に表されるように、がんばろうとかやってやろうとかいう積極性に欠ける態度がみられるようで、評価の足をひっぱっているとかうんぬん・・・。しょうがないですね。本人の気づきあるのみです。


数日後に一学期の修了式を迎え、本人は評価を見て、きわめて納得した様子。

「いやーあかんなー俺。勉強せんかったもんなー。やばいなー、いややばいよー」

毎学期、お父さんに通信簿をみせる儀式?があるのですが、一応ちょっと釘をさされておりました。(主人には前もって頼んでおきました)

父 「オスカーは自分でこの通信簿をみてどう思うんか?」

オ 「えっと、あー、英語がダメだと思います。」

父 「どうしてだめだった?」

オ 「えーあー、勉強をしなかったからです」

父 「そうかーせんかったんか。せんかったら当たり前やな。なんでせんのや?」

オ 「えー英語が苦手だからです。単語が覚えるのが面倒で。」

父 「で・・・次はどうするんか?」

オ 「苦手でもがんばって単語を覚えようと思います。宿題をちゃんとやって、単語を書く回数を増やします」

父 「そうやな。英語は覚えてなかったら絶対にできないんやぞ。自分でわかってるんだったらしっかりやれよな。それとな、英語のことだけじゃなくて、布団の上で宿題したり、ノートや教科書をばらまいたり、いい加減なことはするな。勉強するんだったら丁寧にやってその一回で頭に入れてみろよ。」

オ 「はい、丁寧にします」

父 「後は欠席もなく、部活も休まずいっていることはよく頑張ったとお父さんは思う。」

オ 「はい、二学期もがんばります」

・・・・って、あんたなんで、終始、敬語なんだよ~。ビビリ過ぎ。

(お父さんが出かけてから)

オ 「ちょー怖かった。お父さん、オーラでまくりやし

ト 「俺は大丈夫やったし。ちゃんとやってるから

オ 「あーあ、小学生はいいなあ。いや、幼稚園が一番や。幼稚園に戻りたい。」

母 「って、あんた幼稚園も嫌がっとったやんか・・・

オ 「いやーまあまあ、あのときは、な。おれ、ひきこもりやったからさ。今やったら喜んで行くわ」

母 「当たり前やんー。そんな大きいなりしてさあ。」

こうして一学期はしっかり総括されて、夏休みに入ったはずなんですけど、あの決意はいずこへ~?やるやる言うけど実行は伴わないのは私の遺伝かもしれない

今日も部活の後、遊びあるいているオスカーです・・・

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8月15日

少し前ですが、終戦記念日の日の事。

夜、たまたまをつけると、最近よく見る池上彰さんが太平洋戦争のことを振り返って解説するような特別番組をやっていました。

オスカーは普段はアニメやバラエティーももちろんよく視てますが、お堅い系のNHKニュースと池上さんのでる番組はときどき好んで見ているようです。私とは違って社会情勢とか歴史とか、そういうものに興味を持ちはじめたようです。

その日も冒頭の戦争回顧番組に見入っていたようで・・・・・

「お母さん~おれもうあかんわ。これ悲しすぎるわー」(ティッシュで涙と鼻水をふくオスカー)

「えー何の番組?」

「戦争ってひどいなあ。悲惨すぎるやろ。」

「そうだねえ」

「戦争に行かされるのも怖いし、爆弾やら兵器やらでやりあうのもいやだけど、ジャングルで病気になるとか・・・いろんなことがあって・・・俺にはとても耐えられそうにない。今の時代に産まれてよかったわ」

「本当やね。お母さんも戦争は知らんし、たまたますごい平和で物がいっぱいある時代に産まれて幸せやなと思ってるよ。ほら、この新聞の投書欄見てみ。今日は戦争特集でいろんな人が実体験を投稿してて、特にこの南方で赤痢にかかって血だらけで亡くなった軍曹の話とか、すごく怖いよ・・・」

(オスカー読む)

「本当や。なんか、(新聞記者ではない)普通の人が書いた文章だから、余計生々しい感じがする。神戸のおじいちゃんも昔爆弾の破片がささったとか話してたよね」

「よく覚えてるね。そうそう、そのときに一緒に逃げとったおじいちゃんのお父さんはその破片が背中に刺さって何日か後に亡くなったんだよ。」

「えーそうやったん」

「うん、おじいちゃんが六歳のとき。」

「えーそんなん、嫌やなあ。」

その後も戦争について日本の事だけでなく、世界の国々の視点からも幅広く取り上げていたようで、興味を失うことなく最後まで見ていたようです。

彼は小学校の修学旅行で広島の原爆ドーム・原爆資料館に行っています。
その当時そのことについて多くを話すことはありませんでしたが、今思うと子どもなりに感じるものがあったのかもしれません。

番組をみて涙を流すオスカーを見ていると、頭の柔らかい間に、戦争と平和について学ぶ事は大切なことなんだと改めて感じさせられました。


「この番組は『HACHI』(忠犬ハチ公のハリウッドリメイク版)どころじゃないわ。悲しすぎるわ。」

そうそう、HACHIでも泣いてたんだよね、涙腺の弱いオスカー君・・・・。

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宿泊学習~一学期~

オスカーは七月、高知県の室戸岬での宿泊学習にいきました。
オリエンテーリング、カヤック、シュノーケリングなど楽しそうな行事がいっぱいの二泊三日。中学生ともなると事前準備も全部自分(当たり前か)、親はお弁当を作るだけで楽なものです。

「あーもうっ、用意がめんどくせえ~。もう俺は行かなくていいわ~」

と~っても面倒くさがりなオスカーは、準備の段階で楽しみな気分は半減したようですが~

宿泊学習の班分けは学校で事前に相談して決めたそうですが、友達同士で決めていた案は先生にあえなく却下され、先生から本決めと返されたプリントには、かなりひとくせある子達で固められていたとか。

渡されるときに先生から「オスカーさん、大変でしょうが、うまくまとめてやってくださいね」とにっこり笑っていわれたそうです。本人は学級委員だし、まあみんな普段から大なり小なりつきあいはあるクラスメートだしで、あっさり納得したらしい。(納得するしかないけど)
うんうん、前向きでなかなかいいよ、オスカー君

そして当日は普段の登校と同じように、あっさりと出かけていきました。


三日後の夕方・・・・私が家に帰ったら無事に帰ってきてました。

「いやー楽しかったわー。でもな、お母さん、もう俺の班めっちゃいろんなことあってもう大変というか、すっごく面白かったわー。

「そうなんや」

「やっぱりさー、俺の班はメンバーがある意味そろってたやろ?だからほんま、いろんなことあってさー」

「まとめるのが大変だった?」

「いやそれはないよ・・・・ただ、Y朗はほんっまに先生とか友達の話を全く聞いてないから、それはみんなで何回も教えなあかんかったりというのはあったけど。後、俺の言う通りにはせん奴とか。俺はこっちのやり方の方がいいと思って言っても、なかなかそうはせんし。まあそれはいつものことやけど。まあ結果的には何とかなったから、いいんやけど。」

「へえーいろいろあったみたいやね」

「うん、まあ。でもほんとに楽しかったよ」

「それはよかった。なによりやね」

その後、夕食時には事細かに出来事の顛末を話していました。身振り手ぶりの話しぶりは、臨場感もたっぷりで、わいわいがやがやーとみんなの話し声が聞こえてきそうなほど。それはそれは楽しかったんだろうということが伺えました。

話の内容からは・・・・まあ中学にはいろんな個性的なクラスメートがいるんだなあと。それにしても、男の子はどうしてこんなに、言いあいやら、殴りあいやら、くだらない小競り合いばっかりするのかしら?。いかにも中坊っぽい言動ー幼さと荒々しさと、ちょっぴり大人に近づいたようなもっともらしーに大いに笑わせてもらいました。

カヤック体験の話では、最後に競争をして自分のチームが一番になったと鼻の穴を広げて自慢してました。まだまだ子どもっぽいオスカーちゃんでした。

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夏休みしてます!

ご無沙汰していました!すみません~
二ヶ月ほどの期間限定の仕事、終わりました。案の定、家では朝も夜も時間に追われてしまいましたが、私にとっては新たな発見いっぱいの充実した時間となりました。

その間は、みなさんのように子どもの事についてブログを書いたり、子育てについて勉強したり・・・は全くできませんでした。ここをのぞいてくださった方、申し訳ありません。情けない限りです~

で、近況ですが、オスカーは元気です!暑さに弱いようでおなかの調子がずっと悪いみたいですが、めげずに日々朝トレ&部活に励んでいます。トーマも私の仕事中は留守を任せましたが、毎朝ラジオ体操をかかさず、昼間は学校の開放プールに通い、その後は近所の友達と遊んだりしながら問題なく過ごしたようです。オスカーとは違って宿題もこつこつと済ませていってるみたい。誰に似たんだろう??私じゃないな。

あっ、でも今年のオスカーはちょっと違んですよ。私が家に帰ったら部活の友達が来ていて。。。遊んでるのかなと思ったら、ノート広げて宿題してたんですすっごい猛暑だけど、雪が降るんじゃない??とホントにびっくりです。まあ、残念ながら今年の猛暑はこれくらいではびくともしませんでしたが。。。彼は「友達とやるとはかどるけん」と言ってます。(もしかしてうつしてる?

今回仕事に出てみて感じたのは、親が思うより子どもはしっかりしているということ。というか、私が力量を見くびって要らぬ心配をしていたのかもしれません。子供達よ、ごめんなさい。

後は、私も結構時間なくても家事とかできるじゃないと嬉しく感じたり、職場にいたよそのお父さん方をみてうちのパパも毎日大変なんだと改めて気づき、主人への感謝が足りなかったことを反省したり。

何よりも一番感じたのは、これまでずっと家にいて、子どもと密に接してこられた時間が贅沢で貴重ですごく有難いものだったことに改めて気がついたのが大きな収穫でした。自分でのぞんだ道ではありましたが、狭い世界での生活に煮詰まったり、自分のあり方に悩んだりもしました。ご存知のように子育てにも迷いましたし。

でも少し外に出てみると、私が家に居ても大丈夫なようにしっかり生活を支えてきてくれた主人に素直に感謝の気持ちがわいてきます。それはこれからも忘れないようにしないといけませんね。
この先、何年か後には子ども達も巣立ちますから、私は私なりのささやかでもいいので何か生きる道を持っていたいとは思います。

っと、つぶやきにおつきあい、有難うございました

さて、オスカー君というと、一学期の後半は宿泊学習とか、定期テストとか、部活とか、友達関係とかいろいろあって・・・一言で言うと、話を聞いてる私はとっても面白かったです。半分他人事になってるからかな~ああ、でも勉強面とかは親として、はらはら、ドキドキ、一応普通に心配はしてます。

いろいろあったことは夏休み中に思い出してちょっとずつ書こうと思います。

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