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2012年1月の3件の記事

寝坊2連発

三学期始まりました。毎度毎度、長期休みの疲れを引きずってのスタートです。

<始業式の前々日>

オスカーは自分の意に反して、部活を休む羽目になりました。

朝7時。休日だったので家族はみんな朝寝中。私はかろうじて起きたけれど、部活の予定表をみると休みと書いてあったため、オスカーに声をかけませんでした。(最近は朝、最終時間に蹴ってでもいいから起こしてほしいと頼まれています。)

で、ずーっと寝ているオスカー。

で、11時半に出かけた主人から電話。

「オスカー今どうしてるんや?今中学校の前通ったら、練習してるみたいやけど?。」

えーうっそお。母、予定表の見間違い?いやいや違うよ。

オスカーに声をかけたら、布団の中で起きていて、なんだかにんまり変な顔してる?。

あーこれは完全なる寝坊だな。

休みの予定が変わって、その日は練習日だったようです。本人は知ってたけど、前日に私に伝えてなかったので起こしてもらえなかったということ。

「あー目覚めたら、信じられんやろー!!って時間で、もうどうしようかと焦ったー。でも11時すぎじゃあどうしようもないなと思って・・」

で行くのはあきらめたそうです。そして顧問の先生にどう言うかともんもんと考えてたみたい。

昼過ぎに部活の終わった友達から電話があったけど、バツ悪そうに「いやただの寝坊で」と言って、その日は一日家におこもり。反省?部活をさぼってしまっては遊びにはいけないか・・・・。
結局この日のさぼりは始業式の日になにがしかの注意をうけて、バツ走(何十分か校庭を走る)をしたそうです。

<始業式翌日>

オスカーは夕飯を食べてからずーっとこたつで寝ていました。何度かおこしたけど結局起きないままで、主人が11時過ぎに布団に行くように言いました。そのまま朝が来て・・6時に起こそうと思ったけど、私も寝過ごしてしまい、結局6時半に起こしました。

「えー俺って?きのうあのまま寝たってこと?あ”ーっ!!うっそやろおー!!くっそお。なんで起こしてくれんかったん?だから寝させるなってーあーもうくっそ野郎(父のこと)、布団に行ったら寝るに決まってるやろーあーもう!、何にもできてないのにーあーあ」

床に座りこんで、嘆く~。

「どうしようもないやん、起こしたけど起きへんし。」

「だってよぉ、宿題とか何にもしてないんやしぃ、あー」

「そうなんや・・・・」

「そうなんやって!!わかるやろー!」

(やつ当たりたい気持ちはわかるけど、朝から気分悪いー)
「・・・・まあ今の時間みて。とにかくなんとか動くしかないんちゃう?」

「・・・・・」

そのあとはぶつぶつ言いつつも怒りを何とかこらえる様子で、準備して出かけていきました。

帰ってきて言うには、「焦って学校でやったけどやっぱり宿題ができず、注意をうけ」るはめになったそう。

「今日、ほんっまに最悪やったわ」

「そうかーまあ、しょうがないなー。昨日お母さんは夜何回か起こしたんよ。でもぜーんぜん起きんかったもん。こたつから出ても最後はお父さんの部屋で倒れてるし、そりゃお父さんは自分の布団行けって言うわー。大体が邪魔やんか。風邪ひくしっていうのは親切な話なんやで。間違ってへんで~お母さんたちは。」

「そうやけど、そうやっても、布団入ったら朝まで寝てしまうに決まってるやろー。布団さえ行かんかったら起きれとった。あーもうあいつ(父)むかつく!せめて目覚ましセットしろくらい言えよな。」

「なにそれー?自分のこと、完全に棚に上げとんなー。それに、あいつとか言うたらあかんで。・・・あんまり言いたくないけどな~やっぱ、そんなに寝てしまうのは最近めっちゃ夜更かししてるからとお母さんは思うでー。ふかーくふかーく寝てるから、ちょっとやそっとで目が覚めへんのよ。そろそろいい加減にしとかなあかんのとちゃう?」

「あーもうそれ以上言わんでいい。もうやめ、この話は。」

本当に父親のせいと思って言ってるわけではないとは思います。寝坊は自分の責任というのはわかってると思う。だったら、私の最後の苦言は余計で、失敗した子の戯言として聞いてるだけでよかったかも。

オスカーは夜更かし好き。夜のあの静寂がいいと言ってました。部屋で音楽聴いたり、DVDを見たりして自分の世界にひたるそうです。私もそうだったからその気持ちはわかります。でも最近は夜中にシャワーの音がすることもあったし(近所迷惑もあるので12時までにと約束してるのに)、夕食後に爆睡してることも多い。

好きな時間に寝ててもいいけど、こうして部活の遅刻や宿題忘れにでるのはどうかと思う。
こっちも朝から全然起きられないのを蹴ってまで起こすのはしんどいと言いました。

いろいろあるのは酌むけれど、自分が困らないように&家族に迷惑かけない程度には寝てほしいです。

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クリスマスの夜

少しさかのぼって・・・2011年末の話。

xmasもうサンタさんなんて信じるお年頃ではないのですが、12月24日には一応家族でクリスマスパーティーwineをします。いつもはいない主人も今年は休日にあたったので参加です。

私はケーキから料理まで、普段はしないことを一気にするので出来上がったころには疲れきって足が棒~。カメラマンのはずの主人は相変わらずしゃっきり動かず、女心というものが全く分かってないことにがっかりし、それが怒りに変わり。子供は子供で、写真はいいから早く食わせろとだんだん不機嫌に。
始めるまでにちょっと雰囲気が悪くなるcoldsweats01のも毎年恒例になりつつありますが、まあ頑張ったかいもあっての料理にも助けられ、何とか楽しく食べ終えました。

そのあと、ケーキのためにおなかを休めようとまったり過ごしている時間に、オスカーと二人でいろいろ話すことができました。学校のこと、部活動のこと、友達のこと、先生のこと、好きなアニメや漫画のこと、読んで面白かった本のこと・・・忙しかった二学期が終わってオスカーもほっとしたのかなー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「A夫ってさ、まあ別に悪い奴じゃないけど、ちょーっとつきあいづらいところがあってさ。それはさ、自分のできることの話になると、すぐ『俺はこれだけできるんやぞ』的な話をかぶせてくるところがあってさあ、俺らはさ、あーまた始まったよーみたいな。それで、他の奴らが自慢すんなよ的なこと言うやろ~そしたら、お前には言われたないとかなんとかって言いだして、喧嘩になるんよなー。最近ほんとにそのパターン多いんよな。何とかならんかな~。」

「あーそうなんや。すぐ喧嘩になるのは困るねえ。」

「うーん、まあ。でもさ、A夫のこと、わからんでもないんよな。そういうとこ、俺も昔、今もあるかもしれんけど、あったと思うから。だからさ、A夫を見ると自分をみてるみたいな気もして、見てられんっていうか、俺もそうやったなあって後悔するような気持になるんよな。」

「へえ~、オスカーも『俺はできる』的なこと言ってたことあるん?」

「うん。小学校の時。B太とかに。あいつらに俺の方が運動ができる的な態度をしてたんよな。B太は気にするタイプじゃないから気にしてなかったかもしれんけど。」

「へえ、そんなこともあったんやね。そうやねーB太君は優しい子やし、そういうのは聞き流すタイプかもしれんね。」

「うん、まあ。でも俺はそうしてたから、あかんかったなあと思うわけ。」

「うんうん、まあ人間いろいろあってわかることもあるしね。思い出したら赤面ものなことは誰でもあるものよ。」

「そうなんかなー」

「今はそういう風にせんとこって思えるのがいいと思う。それと、そうしてるように見えるA夫のことも見守ってあげてる風なのもいいと思うよ。」

「まあね。なんせ俺たちは中2病にかかってるから。」

「そうやねー中2病真っ最中やもんね。それ抜けたらみんな変わるかもね。」

・・・・・

「それにしてもオスカーはよく頑張ってると思うよ。」

「そうやろ、そうやろsmile

「いや、冗談抜きに、お母さんはよくやってると思うよ」

「いやいや、まだまだよ~俺なんかさsweat01。」

「野球もね、中学になってからは自信をもって打席にたってるように思うし、実際いいところでヒットもでるようになったし、守備も安定感あるし。それはやってないようにみえて練習は集中してちゃんとしてるんかなーと思ってるわけ」

「まあ、一応キャプテンやし、素振りの時も考えてバット振ってますから~bleah

「少年野球のころと比べたら格段の差があるよ。布団かぶってでてこんかったときもあったやん」

「まあ、あんときはね、打てる気もせんかったし」

「なんで布団かぶったりしてたん?」

「うーん、あのときは心が折れとった。できる気が全くしなかった。なのに周りから打てるやろー、できるやろー的な期待されて、それが重すぎて折れた。」

「そうかー、俺が打たなあかんと思ってたわけや」

「というか、悔しかったんよーすごく。打ちたいのに打てんから、自分が情けなくていっつももう涙出そうでしょうがなかった。」

「えー!?そうやったん?お母さんわからんかったwobbly。野球ではいっつもポーカーフェイスやったやん!」

「いや、めちゃめちゃ悔しかったよ。俺、(野球に)後から入ったやろ。そのときはもうB太とかC輔とかはずっと前からやってるからやっぱりうまかったわけ。俺だけキャッチボールしても遠くまで届かんし、守備もバッティングもできん。なかなかうまくできんかったから、ずっとすごく悔しかった。」

「そうやったんかー。悔しかったんやー。」

「うん、それでできんかったら悔しくて、嫌になって、まああのときは今よりも弱かったから折れたりもしたんかなと思う。」

「ふーん、そうとはわからんかった。なんか、わかってなくてごめんね」

「いやいや、別に。」

「オスカーはね、外ではいっつもポーカーフェイスやねって思ってたんよ。あっでもこの前の体育祭のときなんかは、すっごい顔してクラスの応援したり、頑張ってたのを見て、こんな顔もするんやなと。」

「いや、俺は顔に出てるときって、悔しさとかはそれほどでもないんよ。たぶん出てない時の方が悔しいってタイプやと思う。ほんまに悔しい時は逆に顔に出んのよ。」

「へえ~わかったわ。覚えとく。」

                                           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

話のほんの一部だけど、覚えておきたいなと思って書きとめました。
なんか、ほんと、うれしかったですね。オスカーがこんなにいろいろなことを感じて、また考えられるようになっていることがわかって、ほんとにうれしかったです。

そしてこんな心の一部を私に打ち明けてくれたこともありがたかったなあ。

顔見たらいろんなことがわかるわかりやすい子って思ってたけど、あのポーカーフェイスの下の気持ちはわからなかったなあ。親の想像をこえて成長してるんだなあ。

これからはだんだん物を言わなくなるんだろうけど、心の奥では信頼しあってつながってる、そんな親子でいたいと思います。

長々と話した後、おきまりのクラッカーをならしてケーキcakeを切り分けました。
今年のケーキはみかけは地味でしたが、味は濃厚~なかなか好評でしたgood

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初詣

あけましておめでとうございますfuji

皆様もよいお正月をすごされたでしょうか。今回のうちのお正月は、結婚以来初めて年末から私の方の実家に帰省して過ごしました。大みそかには母と初めて一緒におせちを作り、楽しかったと同時に、主婦業10年以上でいまさらですが、おせち料理の再勉強にもなりました。

子供達はずっと祖父母とは離れて暮らしてきたのですが、生まれてからこの方、わりにまめに実家に帰らせてもらっていたので、あちこち連れて行ってもらったり、よく遊んでもらったりしました。なので実家では、自宅で過ごすのと同様、ゲーム三昧のテレビ三昧、だーらだら、ごーろごろで普段の素がでます。オスカーはこれまでも結構なわがまま、自分勝手ぶりを披露してきました。

今回の帰省では源平合戦に関係のある須磨寺や楠木正成が祭られているという湊川神社へ行ってみようと計画していました。中学になってのオスカーは、京都への修学旅行や学校での社会の授業で、日本史に興味がわいているようで、普段の雑談でもよくそのような話をしていました。帰省してから父とも何やら歴史の話をしていたようです。

でもいざでかけるとなると、やっぱりいつものオスカーがでて、それはそれは面倒くさそう。大みそかの須磨寺参りでは、こちらは予定を前もって話しているしと根気よく待つつもりでしたが、いつまでもごろごろして、なかなか動かなくて少しイライラ。もうオスカー以外は用意ができて待ってるからと伝えると、あわてて用意して何とか出てきました。出かけてからは普通に感じよく、楽しい時間を過ごせたのでまあよしとしました。

そして元日の昼すぎには湊川神社への初もうでに出発。ところが車で神社の前まで来ると、参道は人、人、人のすごい人出・・・・ゆっくりゆっくりと本殿へ向かって動いているようですが・・・・

「えー!すごい人ね!今日は暖かいからかしら?いつもより人が多いわ~おとうさん!。」と私の母。

「あーもおう!!!なにこれ!くっそ!信じれんしよー。くっそ。こんなん、もういややし。おれは行かんし。あーくっそ!・・云々」
母の声をきいて窓から外をみた途端、オスカーがひどく毒づき始めました。眉間にしわを寄せて、絶対に行きたくないと座席の後ろでのたうっている様子。

それを横目に車をとめて「まあ行ってみたらいいやん」と歩き始めると、後ろからぶつぶつ言いながら面白くなさそうに、嫌そうに、新年一発目の不機嫌をまき散らしながら歩いてきます。母が「私が人が多いって騒ぎすぎたから?」とオスカーを気にして、ほんと申し訳ない感じ。

私の父が先頭で参道の人ごみの列に入っていきます。そして神社の正門の前に来たとき、後ろから

「あーくそ!!!こんなところ行くのか!?あー信じれんしよーくっそ、死ねや!!!」

死ねや???これで私の堪忍袋の緒が切れました。くるっとふりむいて鬼の形相(だったと思う)で、

「あんた、さっきから何?いい加減にしときや!他の人みんな黙って歩いてるやろ、ほんまに恥ずかしいわ。元旦早々、縁起でもない悪態ついて!死ね?はぁ?誰に言うてるんや!!たいがいにしいやー!!」(あー言い過ぎたよ・・・)

「いや、それは誰ってわけじゃない。・・・・・。」

オスカーはくっそーって感じで顔をゆがめつつも、そのあとは黙ってついてきました。

少しずつ進んでいくのですが、入口を少し入ったところで先頭の父が横道にそれ、本殿ではなく、楠木公が祭られている場所へ直行しました。

そのあとはもう長々とつきあわなくていいとわかったからか、「これが楠木正成か~」とのたまって、率先して手洗い場で手を洗って、線香をあげて参拝し、写真を撮り、おみくじをひき、~とすっかりご機嫌でした。

家に帰ってから父と話をしたら、昨日オスカーと歴史の話をしたので神社に連れて行ってやりたかったことと、車の中でオスカーがすでに不機嫌だったこともわかっていたし、何より家族みんなが大変なので、無理して本殿にお参りしなくてすむよう考えていたと。
私たちに気をつかってくれてたんだね、お父さん。いつもありがとう。

そして、「オスカーはずいぶんしっかりもしたし、良い方に変わってきたように思うけれど、一緒にいる周りの人を気分悪くさせるような態度はやっぱりよくないな、まあ、もう少し、やな」と言われました。

私も父と同じように思います。ただ、今回の私の言い方は決してほめられたものじゃないですね。もっと冷静に伝えてやれればよかったんですが・・・死ねって言葉を使われて(普段から深い意味なく、単なる悪態として言ってるだけなのは知ってるんだけど、大病を患ってる父の前では言ってほしくなかったので)感情的になりました。

オスカーは学校では周りに気を配って結構頑張ってると思っています。でも素の自分がでやすい家族の前ではまだまだこんなところもあります。特に帰省ではこんな様子がよく見うけられ、いつも少しがっかりします。
弟のトーマだって家族でお出かけなんてもうそんなに乗り気じゃないんですが、ちゃんと家族の動きに合わせて一緒に行動しているのを見ると、余計に差を感じます。それはトーマが特別なんじゃなく、きっとトーマが「普通の子」なんだと思います。きっとオスカーの友達だってこれくらいのことで悪態をついたり、不機嫌になったりしないと思うんです。

こちらも家族だからといって決して無理じいしたり、無謀な行動計画はたてていません。なのでもう少し家族みんなの気持ちも考えて、行動してくれるといいなと思います。

今年もまた長い目で、冷静に付き合っていかねば~ですね。

そして特に私には、「冷静に」がキーワードですね。coldsweats01

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